#4「赤い海」


 5時丁度に911を駐車場に滑り込ませた。やよいはベージュのコートを羽織って駐車場に立っていた。「ぴったりね。」やよいを拾うと俺は911を井の頭通りに向かわせ、左に折れた。代々木公園の脇を抜け、原宿、表参道を抜ける。やや渋滞している。が、この時間では高速を使っても同じ事だろう。車の中で例の話を聞こうと思ったが、やよいの性格を知っている俺は言葉を飲み込んでこらえた。皇居のお堀端を右折し、銀座に入る。やよいは昨日来たペットの飼い主についてのグチを止めどなくしゃべっていた。そのまま晴海まで出て巨大な駐車場を有するレストランに911を停めた時には陽もすっかり落ちていた。「ワインバーじゃなくて悪いね。でもここのシーフードはうまいんだぜ。」テーブルについてワインと料理を適当に注文すると、俺は堪えきれなくなってやよいに聞いた。「で、さっき君が言っていた・・・何だっけか。シジャノ・・・デンセツ・・・・?それについて教えてくれよ。」「ルポライターの血が騒ぐって感じね」またもいたずらっぽくはぐらかすが、少々自分が引っ張りすぎていることに気づいた彼女は、やっと話をはじめた。「私が高校生の時に中国に留学していたことは話したかしら?北京大学に1年間いたの。別に獣医とは関係ないわ。日本の高校とは反りが合わなかったのよね。父に頼んで、まぁ遊びに行かせてもらったってわけ。」彼女は運ばれてきたイタリア産の赤ワインを俺のグラスに軽く合わせてからぐっと飲み干した。まるで赤い海のようなワインを・・・。「でね。そこで福建省出身の中国人の友人が出来たの。とっても仲良くなった。あ、もちろん女の子よ。」彼女は少し真剣な顔で俺を見た。「別に男だって女だって、どっちでも不思議じゃないさ。」俺はグラスを持つと軽く口に含んだ。ワインを飲み干すまではタバコを控えることにしよう。「あらそう。彼女、黄(ファン)さんて言うんだけどね、彼女の家に遊びに行ったときにおじいさまにこんな話を聞いたのよ。彼女の家系では「蛇」が神様なんだって。蛇と言っても普通の蛇じゃないのよ。まぁ神様にするくらいだから普通じゃなくて当たり前なのかも知れないけどね。紫色なの。彼女の家には紫色の大蛇の絵が飾ってあったわ。ずっと代々大切にしているものなんだって。でもね、この神様には恐ろしい伝説があってね。」彼女はそこまでしゃべるとまだグラスに手を伸ばした。

 その夜、彼女とどれくらいの時間を過ごしたのだろうか。俺はある意味、軽い衝撃を受けていた。気が付くと、俺の身体の中のどこかでシグナルがなっている。「コレイジョウ、フカイリスルナ、コレイジョウ・・・・・・」と。車は順調に流れている。簡単な事じゃないか。今ここで手を引くんだ。今やめれば、元通り。つまり犬と暮らす売れないルポライターの緩慢な毎日がこれからも継続するんだ・・・。彼女を自宅に送り届けた俺は、イタリアンにはない苦味を感じながら911を勢いよくガレージに突っ込んだ。今夜は寝酒が必要かも知れない・・・。また、民川の顔が頭をよぎった。


 

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